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Selfishly

Selfishly

Radiant,Ever Forever p7


 *****

「兄さんっ。久しぶり~」
 列車から降りてくるなりエドワードを見つけたアルフォンスが、
大きく手を振って声を掛けてくる。
「アルー!」
 エドワードも急ぎ歩き出しながら、弟が降りたホームへ近づいて行く。

「久しぶりだな!」
 がしりと肩に手をやったエドワードは、満面の笑みを浮かべてそう声を掛けると、
次の瞬間不満そうな表情に掏り返る。
「お前…、また背が伸びただろう」
 ちぇっと唇を尖らせるエドワードに、いきなり早々兄が気に出した事柄に、
噴出しそうになる。
「まぁまぁ。――― 兄さん、まだ拘ってるんだ」
 重そうなトランクを軽々と持ち上げながら、兄の背を叩いて歩き出すのを促してくる。
「まだとは何だ、まだとは。別に拘ってなんかないぞ。… ちょっと、確認したまでだ」
 相変わらず素直でない兄に、アルフォンスは内心苦笑するが、
表面上はにこやかな笑みで頷いて返す。
「兄さんも…? 何か、―― 綺麗になったね…」
 まじまじと見つめてみれば、エドワードは2年前に別れた時から
更に綺麗になった気がするのは、身贔屓だろうか。
「はぁ? 男が綺麗になってどうするんだよ!」
 馬鹿にするなと叫ぶエドワードに、ゴメン大人になったって事だよと言い直せば、
エドワードもそれなりに納得したのか、機嫌はすぐに直って、楽しそうに話し出した。
 軍が出してくれたと云う車に乗って向かっている最中も、兄弟二人は離れていた間の
近況を話し合うのに忙しい。

「とにかく皆に挨拶してからだな」
 そう言って案内するように先を進んでいるエドワードは、すっかり中央の司令部にも
馴染んでいるようだった。通るたびに皆が挨拶して、アルフォンスのことを
伺ってくるのに親しそうに紹介をしていってくれる。
 身内のように気安く応対しているエドワードと周囲のメンバーに、アルフォンスの心境は
微妙に複雑な気持ちにさせられる。

 ――― 兄さん、軍人にはならないって言ってたのに…。

 アルフォンスはエドワードが望んでいた事の半分を、判っている気がしていた。
エドワードがそれを口に出してアルフォンスに伝えた事は無かったが、
ずっと一緒に行動を起こしていた兄弟なのだから、大よその事はいちいち言われなくても
理解できる。兄も同様だろう。
 だから軍に残れないとなった時 ――― アルフォンスは少しだけほっともした。
残れば血なまぐさい道を、また兄が歩まねばならない。兄の意志を尊重はしたいと思うが、
諸手を上げて賛成とまではいかないからだ。

 ――― そこは大佐に感謝しなくちゃいけないんだけど…。

 笑いながら話し掛けてくるエドワードに相槌を返しながら、アルフォンスはそんなことを
考えていた。
 ロイ・マスタングと云う男が、兄をどのように捉えていたかの全部は判らないが、
多分…手放したいとは思っていなかったのではないだろうか。
が、予想に反してロイはエドワードが悩む間も与えずに、軍から切り離し、
迷いが生じた時には厳しい態度で突き放したらしい。
 その時のことをエドワードが伝えてきた時、兄は少々傷ついていたようだったが、
それでもアルフォンスの心の中は安堵の方が大きかった。

「アルフォンス、この部屋だぜ」
 慣れた様子で入っていくエドワードの後を着いて、アルフォンスも足を踏み込んでいく。
 その途端。「おっー」と叫ぶ感嘆がアルフォンスを迎える。
「皆さん、お久しぶりですっ」
 懐かしいメンバーの歓迎に、アルフォンスの声も弾む。
「おい~! お前、本当にアルフォンスかぁ」
 目尻を落として、やられたーと叫ぶハボックに。
「うわぁー、立派になったよねぇ」
 と称賛の眼差しを向けてくるフュリーに、恥ずかしそうに頭を掻いてみせる。
「あのアルがなぁ…。かなり鍛えてるようだな」
 ブレダも顎に手をやって感心している。
 がやがやと話し掛けて来るメンバーを、エドワードは誇らし気に見つめている。
「あなた達、また…」
 声が聞こえているのに一向にやって来ない来客を、ホークアイが痺れを切らして
迎えにやってくる。
「あっ、ホークアイ中尉…じゃなくて、大佐。お久しぶりです」
 昔からホークアイに懐いていたアルフォンスが、嬉しそうに挨拶をすると、
彼女も滅多に見られない全快の笑顔で返事を返している。
「アルフォンス君も、すっかり立派な青年になったわね」
「ありがとうございます。ホークアイ、大佐は変わらず綺麗ですよね」
 世辞でないアルフォンスの憧れの籠もった言葉に、彼女も目元を和らげる。
「そんなことはないわよ? もうすっかりおばさんですもの」
「ええー! 絶対にそんな事は有りませんよ。大佐、全然変わってないままです」
 そう力説するアルフォンスに、ホークアイも頬を僅かに紅く染める。

「何だかなぁ…」
「ああ、ちょっと帰ってきて欲しくなかったかもな」
 鉄壁の高嶺の花を篭絡させるアルフォンスの真性ぶりも、居並ぶ男達には辛そうだった。
「エドと云いアルと云い。こいつん家の家系かなんかかよ」
「そんな家系なら、俺も混じりたかった」
 トホホと肩を落とすメンバーに、兄弟二人が不思議そうな視線を向けてくる。
「さぁ二人とも。そこの馬鹿な人たちは置いといて、中に入って頂戴」
 さっさと切り捨てて二人を連れて行くホークアイの言葉に、更に残った者達が
傷つけられた事は云うまでもない。


「やぁ、久しぶりだね」
 にこやかに微笑みながら立ち上がったロイに、アルフォンスは緊張気味に挨拶を告げる。
貫禄を具えたロイの風貌は、見るものに畏怖と敬意を与えるものがある。
「お久しぶりです、マスタング閣下」
「そんなに硬くなる必要はないさ。エドワードにもお願いして、他の者がいない時には
ロイと呼んでもらっている」
 こちらへと勧めてくれるソファーに向かいながら、ロイの言葉に驚いてエドワードを
横目で見るが、兄は別段何の動揺も浮かべてはいない。
「そ、うですか…。けど僕には少々ハードルが高そうなんで、お言葉に少しだけ甘えて、
マスタングさんとお呼びさせて頂きます」
 兄とどんなやりとりの経緯があっての事かは判らないが、とても自分が便乗する気には
なれないアルフォンスは、はっきりとそう告げた。
「構わないが…、気にすることは無いんだよ?」
 そのロイの重ねての言葉にも、アルフォンスは曖昧に微笑んで返すだけに留める。
「で、早速なんだけど、こいつに目を診せてやってくれないか?」
 相も変わらずの兄の口調に内心呆れつつ、他の二人の様子を見てみれば全く気にして
いないようで、昔から兄には甘い大人たちに苦笑する。
「別に特に変わった事はしませんから。体内の気を探ってみて、兄から聞いていた通りかを
診せて欲しいんです」
 そう簡単に説明をすると、ロイも頷いて口を挟む様子は無かった。
「失礼します」
 そう一応断わりを入れて、アルフォンスは両の中指をロイの米神にそれぞれ押し当てる。
スゥーっと何かの力が通って行く様な感覚が有り、アルフォンスは指を離して席に戻る。
「兄さん」
「どうだった?」
 自分に頷いてくる弟に、エドワードは身を乗り出して結果を聞いてくる。
「うん、兄さんの検証で合ってると思う。大佐の気は目元で滞って、他へと抜けていくように
流れるから、多分そこに障害になる別の気が溜まってるんだね」
「やっぱり。そうなると…」
 顎に拳を当ててエドワードが考え込み始める。
「目の方は専門家の人たちが診てくれた診察結果どおりだと思うから、僕たちが出来るのは
とにかく滞ってる気を排除して、元通りに流れるようにする事からだね」
「ああ、そこは俺の分担じゃないから、お前に頼むとして」
「どのタイミングで練成を行うか…だよね」
「―― そうだ。全て解してしまえば、取り戻した視力を失うかも知れない。
が、そのままにしてれば新しい細胞を作っても、また同じことが起こらないとも限らない」
「ん、そこの計算とタイミングは兄さんの勘に頼るしかないよね」
「―― 一応、計算式で答えは出している。後でお前も見てくれるか?」
「判った」
 とんとんと話が進んでいく兄弟の前では、そんな二人のやりとりに呆気に取られながら
眺めているロイとホークアイが居る。
 それに気づいたのはアルフォンスの方が先で、エドワードはすでにもう、自分の思考へと
浸り始めている。
「あっ、すみません。何の説明も無しで」
「いいえ、構わないんだけど…。もし一段落したら、私でも判るように説明しては
もらえるかしら?」
 控えめな態度でそう伝えてくるホークアイに、アルフォンスは快く頷いて返す。
「兄さん、もうすっかり集中モードに入っちゃったから、その間に僕の方から説明しますね」
「… ああ、宜しく頼む」
 言葉少なに頼み込んでくるロイに、アルフォンスも受けて話し出した。
「兄さんからも説明が有ったと思うんですけど。大佐の視力障害の要因は、1つに賢者の
石を使っての練成の負荷だと考えられます。
 賢者の石は高エネルギーの塊ですが、別に無限でも全能でもありません。
残量が少なくなってくれば、それを補充しなくてはならないわけですが…」
 石はそうそう作れるものではないし、作る気にもなれない。
「その力に頼って働いていた機能は、合い混じりえないエネルギーに反発して
動かなくなっています。このままでは、例え邪魔になっているエネルギーを退かし体内の
気の巡りを正常にしたとしても、衰えた機能が元に戻るのは難しいかと」
 そこまで説明をすると、ホークアイが唇を噛み締めてアルフォンスを注視している。
「で、兄が考え出したのが、低下した細胞組織を新しく再生する方法です。
ただそこで問題になるのが、石の力をどこまで除け、どのタイミングで再生するかです」
 そこで言葉を止めて、アルフォンスはロイに視線を向ける。
「… 全て除けてしまえば、正常な機能にしても視力は失う可能性がある。という事だな」
 アルフォンスの言葉を次いで、ロイがそう答えるのに大きく頷く。
「元々、大佐の…失礼、マスタングさんの目の機能はどこも異常はなく、見ると云うことのみ
等価交換で取り上げられたわけですから、それを反故にしてしまえば細胞を再生しても
視力が戻らない状態になる可能性があります」
「そ、んな………」
 表情を険しくするホークアイに、アルフォンスは励ますような笑みを向ける。
「そこでルールを反故にしない為に、賢者の石のエネルギーを体内に残し、体の気と
反発しないようにします」
 ロイはアルフォンスの言葉を思考しながら、言葉を呟く。
「毒を持って毒を制す、か…」
「ええ、毒は量さえ見誤らなければ、最高の良薬にも解毒剤にもなります。
覚えていらっしゃると思いますが、キング・ブラッドレイが誕生する経過には何人もの
不適合の検体が出たと聞いてます。
 賢者の石はそれ自体が特効薬で強力な毒です。そのエネルギーも同様の性質を
備えていると思います。
… 兄は嫌がるんですけど、僕達が幼い時から教えられる事無く錬金術が使えたのも
 ――― 多分、父さんの体の血を引いているからもあるんだと思います」
 父親は賢者の石そのものだった。ならその血を濃く受け継いでいる子供達に影響が
出ないはずはない。
「成る程…。そう考えれば、確かにその通りだと思わせられるな」
 エドワードが何故、あんなに何度も真理を行き来して戻って来れているのか。
アルフォンスが扉の手前で存在できた原動力はどこから生まれたものなのか。
 それが父親の力受け継いだ賢者の石のエネルギーが元だと考えれば、
常人には到底出来ないことを達成させた彼らの事も納得できる。
「で、その方法は…」
 ホークアイがそう尋ねてくるのに、アルフォンスは誇らしそうに兄を見つめる。
そして、二人に視線を戻して。
「大丈夫です。兄さんを信じて任せて下さい。兄の知識の量は莫大なものがあります。
例え自身は錬金術を使えなくとも、それ以上のことも可能にする術を具えていますから」
 そのアルフォンスの言葉に、ロイは思い当たることに気づいた。
「そうなだ…、彼は陣が――」
 そこまで呟いて、隣に居るホークアイに気づいて口を噤む。
 アルフォンスは「おや?」と内心首を傾げるが、ロイの思惑通り何も聞かずに話を続ける。
「マスタングさんや、皆さんに受けた恩を仇で返すような事を兄も僕もしませんから、
信用していて下さい」
 錬丹術も身に付けて帰ってきたアルフォンスは、一回り大きくなって自身に満ちている。
そんな彼の姿に、ホークアイはほっと安堵を浮かべて体の力を抜いた。

 そんなホークアイの様子に、アルフォンスは微笑んでから困ったような口調で愚痴を零す。
「もう、兄さんったら…。話を早く詰めて行きたいのに」
 試しに何度かアルフォンスが呼びかけるが、自分の思考に浸りこんでいるエドワードには
届かないようだ。
「アルフォンス君、そう急かしても仕方ないわ。私ときたらお茶もだしていなかったし、
ここら辺で少し一休みして頂戴」
 そう告げて席を立ったホークアイを見送り、じっと微動だにしない兄に呆れた視線を向ける。
「兄さんがこんな調子だと、マスタングさんも困ったりするでしょ?」
 苦笑して伝えられた言葉に、ロイは思わず首を傾げる。
 確かに何度か呼ばされる事はあるが、それ程の手間をかけられた覚えはない。
そこの事は話しながら、試しにエドワードの名前を何度か呼んでみると…。
 じっと黙り込んでいたエドワードが、驚いたように視線を上げてくる。
「何? なんか呼んだ?」
 目をぱちくりとさせながら、エドワードはロイの方に視線を向けてくるのには、
ロイの方が戸惑ってしまう。
「あ…いや、お茶にしようかと―」
 そう言葉を濁すロイに、エドワードは嬉しそうに笑って、次に隣に座っているアルフォンスに驚く。
「お前…。居るなら声くらい掛けろよ。黙って座って居られると驚くだろうが」
 そんな文句を付けてくる兄の様子に、アルフォンスは呆れを通り越して、
はいはいとおざなりな返事を返すのに留まる。

 ――― 兄は昔から、判りやすい人間だった。
 が、ここまで露骨に示されると、弟しては少々気分が良くない。

「兄さん…あんまり差を付けられると、僕も僻んじゃうからね」
 そのアルフォンスの言葉に、エドワード一人が怪訝そうな表情をしてみせる。
「何だ…それ?」
 自覚が無いのもエドワードの天然ぷりの1つだ。
「別に」
 そう短く返して黙ると、エドワードはもう違うことに気を向けたようだった。
「アル、見てみろよ。この指輪、上手く働いてるんだぜ」
 ロイの薬指にはまっている指輪を差して、エドワードは得意気にアルフォンスに示してくる。
「ああ、その指輪…」
 エドワードが自分が陣を引ける事に気づいた時。真っ先にアルフォンスに発動させたのが、
その指輪を作る時だ。兄にしてはシンプルなデザインのその指輪の内側には、
びっしりと高性能な陣が刻まれている。作ったら即送るのかと思っていたら、
兄は結局仕舞い込んで渡さなかった代物だ。
「これは本当に助かっているよ。それとエドワードが引いてくれた陣も、
目が見えない時には重宝している」
 そのロイの言葉に、先ほど彼が言いかけて止めた言葉を思い出す。
「――― 兄さん、マスタングさんに…陣のこと、話したの」
 アルフォンスの声には少々の非難が混じっているのに気づいたエドワードが、
気まずそうに返事を返す。
「ああ…。ちょっと訳ありで」
 その兄の答えに、アルフォンスは言葉は返さず深い嘆息だけ返す。
「な、何だよ! 別にロイ位は良いだろ、話しても」
 むきになって言い返してくるエドワードに、アルフォンスは呆れと驚きで言葉に詰まる。
兄が平然と彼の名前を呼んで、彼は兄の名前を自然に呼んでいる。これがつい最近まで、
離れていた人間同士の関係なのだろうか。

 ――― 何だかなぁ…。弟しては複雑な気分だよ。
 
 アルフォンスがやり切れない気持ちを持て余している最中に、タイミングよくホークアイが
戻ってくる。さっさと手を伸ばしている兄を見つめながら、その向かいに座る相手を
ちらりと観察する。
 彼の意識がアルフォンスが入ってきた時から、ずっとエドワードにだけ向けられているのは
気づいていた。気を学ぶ内に、そんな人が気づかない気配にも敏感になっているからだ。
 友人知人と云うには濃すぎる気配と、恋人と呼ぶには頑なな壁を築いている二人の関係は、
簡単に言えば双方の意思が拗れていることが察せられるが…。

 ――― そこまで正したいとは、思わないよな…。
 拗れているからこそ、今の関係を保てているなら。弟としては、出来ればそのままで居て欲しい。
 そんな望みが叶うのは、何やら薄そうな予感もするのだが…。

 パクパクと茶菓子を頬張る兄の子供じみた様子と、気づかれないようにしながらも、
真摯な視線をエドワードに投げかけているロイの様子に、アルフォンスは大きな溜息を
吐き出したい気持ちにさせられた。






 ~~~ Sunshine ~~~


 アルフォンスが加わって、研究は格段と早く進むようになった。
 彼の東からに情報や知識は非常に役に立つものが多く。
エドワードはそれを修得して行っては、より精密な術を作り上げていく。

「この数式で間違いないと思うが…」
 エドワードが何度も、何十度も見直し検証した結果だ。
 この弾き出した数値は間違えることは許されないのだ。足りなかったでは、
絶対に済まされないし、残り過ぎてもロイの身体に支障が出る。
「うん、僕も何回も計算してみたけど、兄さんの式で間違いないと思う」
 互いに頷き合いながらも難しい表情を弛めない。
「タイミングも計ってあるし、溶け込ませるエネルギー量も出せた…」
「うん。――― 後は、再生の術の実地だけなんだけど…」
 陣は二人掛りで完成させてある。万の一も間違いはないとは思うのだが…。
――― どちらも試したことがない術は、完璧とは言えないだろう。

「兄さん、どうかな? 軍の人に手配してもらって、そのぉ動物の検体を用意してもらうとか…」
 生き物が好きな弟には言い難い言葉だろうが、それを避けても居られない。
特にここ最近のロイの目の様子は悪化を見せており、徐々に見えない時の方が
長くなっている状態なのだ。
 
「俺もそれは考えた…。試さずにやるには危険すぎる。やっぱ、1度試してから出ないと、
あいつには使えない」
 ここまで詰めて、最後を飛ばすことは出来ないのだ。
 再生だけなら何度も試せるだろうが、石の力も中和して取り込みながらとなると、
1度しか使えない。
「―― じゃ、マスタングさんに相談して…」
 軍の力をもってすれば、検体を用意してもらうことは難しくないだろう。
そう話すアルフォンスに、エドワードは返事を返さずに考え込む様子を見せるのだった。


 そして、暫くの後…。

「アルフォンス、俺に考えがあるんだ」
 暫し考え込んでいたエドワードが、顔を上げてアルフォンスに話し掛けてくる。














「兄さんっっっ――――――!!」

 絶叫が廊下まで突き抜けてくる。
 丁度、その部屋に向かっていたロイとホークアイは、何事かと互いに顔を見合わせて
そして足を早める。扉のノブに手を伸ばしたロイが、開かない扉に焦れて手を
打ち鳴らして錬金術でこじ開けると…。


「何があったんだ!!」
 部屋の中の惨状を目にした途端、大声で怒鳴りつけた。
 夥しい血の海の中、膝を付き片目を手で覆っているエドワードの手の平からは、
流れ落ちる真紅の血が滴り落ちている。
 記憶がデジャブされ呼び起こされる。
 大量の血溜まり。練成陣。傷付いた幼い兄弟達…。
 足元から這い上がってくる恐怖は、禁忌を犯した者だけが判るものだ。

「エドワードォォォォ・・・!」
 次の瞬間、ロイは衝動のまま走り寄って苦悶に表情を歪め、
身体を震わせているエドワードの肩を抱きしめる。
「ぐっぅ・・・!! っぅーくっ………」
 断末魔を上げる獣のような唸り声を上げているエドワードが、肩から荒い息を
吐き出し続けている。そんな激痛の中で彼は、空いている方の手で傍に寄ったロイを
押しやるように手を突っ張り。
「ど…いて 汚れるっ―――」
「馬鹿者っ! そんな事を言ってる場合かっ!!」
 抱き上げようとするロイの手を払って、力尽きたように震える手を床に着く。
「アルっ…は、やく………」
 痛みで意識が保てなくなってきたエドワードが、アルフォンスを急かす様に呼びかけると、
それまで茫然自失していた、アルフォンスが震えながらよろめくように傍に膝を付く。
「アルフォンスっ! これはどういう事なんだ…」
 ロイの誰何に、アルフォンスが震える声ながらもしっかりと返す。
「下がって…いて下さい」
 アルフォンスは練成陣が書かれた紙を持って、痛みに痙攣を起こしている兄の身体に
両腕を回す。
 
 ――― パァァァァァ…―――

 室内が閃光を広げていき、エドワードとアルフォンスを包んで行く。
 その光景を目にしながら、ロイは全てを悟ったのだ。

 ――― エドワードがその身を使って、練成を試したのだと……。


 愕然と立ち尽くすロイとホークアイを置いて、練成は終結していく。光の繭の中から
二人の姿が現れてくる。
  
 どうして…なぜ、どうしてどう…して、かれはそこまで…。

 驚愕の余り言葉も出せないロイが、愕然となって立ち尽くす。
 目が霞んでエドワードの姿が見え難い。 
 それは視力の所為ではなく、ロイの目に溢れている水滴の為だ。

 痛みが引いていき。極限まで緊張していた体が弛緩していくのを感じながら、
エドワードは遠くなる意識を必死で繋いでアルフォンスに伝える。
「アル………」
 先ほどまで焼きつくような激痛を感じていた場所は、今は引いている。覆っていた手の平を
除けていくのが、ちゃんと見えている。
「せいこう―した…」
 たどたどしい口調でエドワードがそう言葉を話すと、アルフォンスは兄の肩を抱きしめて答えてやる。
「うん…うん、兄さん。練成は成功した。ちゃんと元通りの綺麗な目だよ―」
「そっ…かぁ―――」
 強張った表情で、それでも嬉しそうに口の端を上げようとして…、
エドワードは意識を手放したのだった。
 




 のたうち回るほどの痛みの中で、エドワードは自分の右目の再生を体感していた。
焼け付く痛みに悲鳴を上げていた細胞が、正され大人しくなっていく様を。
高速で再生してゆく細胞は、分裂を繰り返して傷付いた箇所を修正していく。
 全てが修復された瞬間、目の前に光が差し込んできた。
 
 そしてエドワードは理解し、確証を手にした。
 自分が試そうとしていた練成が、成功すると………。
 それが自分が彼にしてやれる最後の事だと。



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